VOL.3 「育てる」楽しみ。一生ものの漆器を手に入れる

VOL.3 「育てる」楽しみ。一生ものの漆器を手に入れる

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皆さんは「漆器(しっき)」と聞いて何をイメージされますか?

お正月が明けたばかりですから屠蘇器やおせち料理の重箱、お雑煮の汁椀などで漆器を用いた方もおられるかと思います。漆器というとハレノヒに使うものと思われがちですが、そんなことはありません。

我が家では味噌汁やうどん用の椀物から晩酌用の酒器まで、日常の食卓に漆器が登場します。そもそも漆器に惹かれ始めたのは、30代半ば頃。当時は東京に住んでいて、贔屓にしていた輪島料理店が企画した輪島旅行のツアーへ参加。輪島塗の美しさにすっかり魅了されました。

「本物」の漆器を初めて手にして驚いたのは、使うほどに「器が育つ」ということ。店頭に並ぶ器と箱に収められていた器を並べてみれば一目瞭然、たくさんの人の手に触れられた店頭の器のほうが艶やかな光沢を帯び、圧倒的に美しいのです。一般に出回っている安価な「漆器ふう」食器の多くは、プラスチックや木くずを固めた土台に合成樹脂をコーティングしてあります。これに対して本物の漆器は、土台となる木を何年も寝かせたのちに職人が成形し、保護用の布をかぶせたり漆を何度も重ね塗りしたりと、とてつもない手間と時間をかけて完成しています。

ちなみに日本における漆芸の歴史は約9,000年前にさかのぼり、縄文時代の遺跡から漆を塗った副葬品が発見されています。飛鳥時代に大陸から漆工芸技術が伝えられると、日本の漆芸技術は大きく発展。平安時代には蒔絵(まきえ)や螺鈿(らでん)の技法が日本人好みにアレンジされ、平等院鳳凰堂や中尊寺金色堂などの建造物、また貴族の調度品として漆が用いられるようになりました。

鎌倉時代から室町時代にかけて武士の間で蒔絵や螺鈿を装飾した漆塗りの調度品が流行し、安土桃山時代には「南蛮漆器」と呼ばれる漆塗の調度品が西欧で珍重されるように。江戸時代には幕府や大名家に仕えた漆工家によって精巧で豪華な蒔絵の調度類が制作される一方、各藩の奨励によって漆器の産地が形成。その後、明治時代には政府の殖産興業政策による工芸品の輸出奨励もあり、特色ある各地の漆器が発展していきました。

こうして時代ごとに日本工芸の代表格、また武士や貴族のステータスシンボルとしての地位を築いてきた漆工芸。近年は日本人のライフスタイルに合わせて、洋食にも馴染むシンプルかつモダンなデザインの漆器が数多く登場しています。

漆器の魅力は、なんと言っても肌触りの良さ。なめらかな手触りと吸い付くような口当たりは、食器を手に直接口を当てて食べるという日本の食事にぴったりです。それに熱が伝わりにくいので、熱い汁物を入れても素手で持つことができる。アイスクリームなどの冷たいデザートを盛っても外側に結露ができません。

ちなみに最初に手に入れるなら汁椀がオススメ。それも絵柄の入っていないシンプルなものが使いやすく、味噌汁やスープ、お茶漬け用にと重宝すると思います。お酒が好きな方でしたら、ぐい呑みもぜひ。我が家では、ちょっといい日本酒を手に入れたときは沈金(ちんきん)という加飾を施したぐい呑みの出番。お酒を注いだぐい呑みの底にゆらゆらと模様が煌めき、お酒の味をより引き立ててくれます。

漆器は取り扱いが難しそうと思われがちですが、慣れてしまえば大丈夫。我が家では洗う通常のスポンジと洗剤で洗い、自然乾燥しています。ただ一点、気をつけていただきたいのが、漆器は乾燥に弱いこと。くれぐれも食器乾燥機や電子レンジは避けてください。なぜなら我が家も失敗した経験があるからです。私が岩手旅行をしたときのこと。浄法寺塗の夫婦茶碗を両親宛に送ってプレゼントしたところ、扱い方を知らなかった母は食器乾燥機を使っていました。久しぶりに実家を訪ねてみると、漆器は無残にも光沢を失い、カサカサに……。漆を塗りなおすこともできますが、母が他界した今となっては、いい思い出。母の面影をしのび、味わいとして楽しんでいます。

本物の漆器は堅牢(けんろう)で、ちょっとのことで欠けたり割れたりしませんし、長く使ううちに破損した場合も修理できます。まさに一生モノ、いえ、子や孫の代までも受け継ぐことができる食器です。手間がかかっているぶん安価ではないものの、私も一つずつお気に入りを買い揃えてきました。漆器がもたらしてくれる、ささやかな幸せ。よかったら皆さんも、この楽しみを一緒に共有しませんか?

Posted by

三角由美子 Yumiko MISUMI

東京・熊本でフリーペーパーの編集者を経て、フリーライターとして活動(熊本在住)。畳職人の長女として生まれ育ち、現在も畳のある暮らし。きもの・漆器・和菓子・お香・仏像・寺院巡りなど、ニッポンの伝統文化にトキめいています。
著書/『熊本カフェ散歩』、『くまもとの海カフェ山カフェ』

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