VOL.4 スケートブームで長蛇の列も!華々しい選手たちも通った品川で伝説のスケートリンク

※ 掲載記事に関して
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コロナ第二波の予兆を見せつつ、すっきりとしない日々が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか?少しずつ新しい生活様式が板についてきた頃でしょうか?

今回のスケートリンクは、なかなか今紹介されても行きにくいという声もあったため、皆さんにはタイムスリップしていただこうと思います。

1962年開業、1991年まで華々しい選手たちのメインリンクであった「品川プリンスアイスホテルアイスアリーナ」です。筆者が1989年生まれのため、記憶には残っていませんが、アリーナの管理をしていた父(小塚嗣彦)に話を聞くことができました。

コーチには、稲田悦子さん、佐藤信夫さん、福原美和さんなど、オリンピックに出場もされている錚々たるコーチが在籍されていました。また選手としては、解説でお馴染みの佐野稔さんや五十嵐文男さんが、日々の練習に明け暮れていました。当時の品川スケートセンターは、現在の水族館「マクセルアクアパーク品川」の付近に在り、3面のリンクを保有しているにもかかわらず、スケートブームの影響から品川駅まで長蛇の列になっていたそうです。
また、3面のうちの1面のゴールドリンクは、30m×90m*の広さがあり、常にスピンの練習ができる場所の確保をしているほど、練習環境としては申し分ないクラブであったと聞いています。
フィギュアスケートの全日本選手権を1971〜89年の約20年間のうち、14回は当アリーナにて開催されたり、アイスホッケーの大会も開催されていたそうです。

そんな歴史と伝統あるスケートリンクも1991年には姿を消し、その意思はKOSE新横浜スケートセンターに引き継がれています。荒川静香さんや安藤美姫さん、浅田真央さんらも、活動拠点としていたリンクで、世界の舞台を夢見て、今日も選手たちが汗を流し頑張っています。

*通常サイズは30m×60m

写真は、2019年12月7日にカラフルタウン岐阜・エミノワパークのわくわくスケート広場で開催された「小塚崇彦スケートデモンストレーション」の様子。

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小塚 崇彦 / フィギュアスケーター

現在は、フィギュアスケートを始めとしたスポーツの普及活動を中心に、活動の幅を拡げて新たなステージに挑戦。また野球、サッカー、ゴルフ、モータースポーツなどのスポーツ経験を活かし、スケートの用具開発やJOCオリンピックムーブメントアンバサダーなど様々な方面で活躍。東京の二子玉川を拠点に、北海道、東北、関東、四国をはじめ全国各地でも小塚アカデミー (スケート教室) を開催。
東京2020、札幌2030招致を含めたウィンタースポーツからの盛り上げにも挑む。

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