VOL.1 わたしの愛車遍歴

 何を隠そう、免許を取得したのは意外と遅い22歳の時なんです。本当は16歳で2輪免許、18歳で4輪免許をすぐ取りたい!と、小学生の頃からずっと思っていたのですが、お家の事情ですぐには行けなかったんですよね。おかげで2輪免許は、未だに取らずじまいになっちゃってます(笑)。
 実は運動神経悪いんですよ。特にマット運動とか平均台とかダンスとか、美を追求するタイプの運動はからきしダメで、体育の授業はいつも居残り組でした。4輪に乗っていると「もしも私が2輪免許を取ったら、世の中の迷惑になる」と感じることが多いので、今のところ取る予定はありません。それよりも、クルマの大型免許を取りに行きたい感じですね。なぜって?大型免許あればラリーカーを運ぶトラックなんかも運転できちゃいますから(笑)。まぁ、モータースポーツの話は、この先に取っておくとして、今回は私の愛車遍歴をお話したいと思います。

 22歳で免許を取得し、いちばん最初に乗ったクルマは三菱ミラージュ。「社員になったら、クルマを貸してあげる」という条件にほだされて入社し、モータージャーナリストという職業につながっていく会社の社有車だったんですが、免許を取得して3日後、茨城県の筑波サーキットから、「ひとりで運転して帰れ」と言われまして…。怖かったですね~。だって茨城県の一般道→常磐道→首都高→都内の一般道というルートですよ。でも、いま思えば、クルマ貸した社長の方が実は怖かったんだと思うんですが、「とにかく乗らないといつまで経っても上達しない、免許取ったばかりだから逆にチャンスだ!」と、思い切って帰らせてみたんだそうです。ライオンの子育て方式ですよね(笑)。
 そしてその翌日、私の愛車人生が始まる運命の日! ホンダ・ビートというオープン2シーターの軽自動車を、私専用車として貸してくれました。「あぁ、これで自由の翼が手に入った!」と思ったのを、今でも覚えていますね。これさえあれば、いつだってどこへだって行ける。おかげで私にとってクルマとは、未だに「自由の翼」です。通勤もプライベートも、すべてこれ1台で賄い、5年後に会社を卒業するときに売ってもらいまして、そこからさらに5年。都合10年ビートがマイファーストカーでした。最北は青森、最南は大分まで行きましたね。
 と、ここまで読んでいただくと「あぁ、10年後にビートを売って何かに乗り換えたんだなぁ~」と思われますよね。でも実は、ビートはまだ私の手元にあるんです。愛車になって10年後、徐々にレーシングカーにするためのチューニングが始まり、今もまだレーシングカーとして活躍中。今年の夏も富士スピードウェイで開催される10時間耐久レースに参戦予定なんですよね。
 生まれて初めての愛車を、四半世紀経った今でもずっと所有していられるというのは、とても幸せなことだと感謝しています。

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竹岡 圭/タレント・モータージャーナリスト

「クルマは楽しくなくっちゃネ!」がモットーのタレント&モータージャーナリスト。BS日テレ「おぎやはぎの愛車遍歴NO CAR,NO LIFE!」では、おぎやはぎと共にMCを、JFNネットワーク「Car Life Up To You」ではパーソナリティを務めるなど、TVやラジオやイベントを中心に、雑誌やWeb等でも活動中。また、モータースポーツにも積極的に参加しており、2017年からはこれまでのレース畑から一転、長年の夢だったラリーの世界「全日本ラリー選手権」に飛び込んだ。「クルマとモータースポーツを日本の文化にしたい!」という思いで、選手の立場から発信できることを模索するため、自らレーシングチームを立ち上げて参戦している。日本自動車ジャーナリスト協会副会長。日本・カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

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