中津スバル販売株式会社 代表取締役社長 代田 敏洋さん

全国の「スバリスト」から一目置かれる存在の代田社長。ディーラーの枠を超え、夢工房、博物館ともいえるショップには、全国から見学に訪れるお客さんも多い。そんな独特なアイデアと行動力を持つ代田社長の目線で選び「ベストカー」だった愛車をご紹介いただきました。

スバルにとっての原点、また、私のカーライフにとっても原点と言える名車 「スバル 1300Gスポーツ」
スバルにとっての原点、また、私のカーライフにとっても原点と言える名車 「スバル 1300Gスポーツ」

スバルの原点は「スバル360」ではなく「FF-1」だと私は思っています。1966年の記念すべき小型自動車誕生から3年、満を持して登場してきたのが「スバル1000」の大幅改良版。けど、たった1年で姿を消してしまい、その後に獰猛な最終形、この「スバル1300G」に変身して登場してきました。
小学生の頃からこのクルマにとても憧れて、「免許を取ったら絶対このクルマに乗る」と心に決めていたのを覚えています。大人になり、スクラップになりそうだった下取り車を拝み倒してゆずってもらい、時間をかけ整備し、2年間乗り回し、その後大事に保管し今日に至っています。やっぱりこのクルマが持つ強烈なオーラに惹かれてるんだと思います。ちなみに、この「1300Gスポーツ」のポリシーは、後の「インプレッサWRX」に引き継がれ、さらに、「スバルBRZ」「トヨタ86」に受け継がれています。途絶えない伝統というか、それもまた魅力的です。

このクルマの登場は、販売店の在り方までも根本的に覆す魅力を持っていた。 「スバル レガシィ」
このクルマの登場は、販売店の在り方までも根本的に覆す魅力を持っていた。 「スバル レガシィ」

レガシィの登場は、私をはじめスバルに関わる人々にとって大きな意識の改革に繋がったことを思い出します。まさに革命でした。
そのひとつに、当社の元旦営業があります。
レガシィの発売がそれに踏み切るきっかけとなったのは事実です。
当時、元旦営業に賛同する者はおらず、たった1人でのチャレンジでした。けれども、この企画は成功し、その後の当社を大きく変えたといっても大袈裟じゃありません。
また、もうひとつの企画が「リフレッシュメンテナンス」、整備のショーケース化です。今でこそ当社の主力サービスですが、当時10万㎞を超えたクルマに100万円以上かけ、新車の状態に戻す整備などまともな行為じゃなかったです(笑)。写真のクルマは、その時に仕上げた特別な思い入れのあるクルマです。

========================================================
プロフィール
代田 敏洋(岐阜県中津川市出身)
1982年:日本大学卒業
1983年:中津スバル販売に入社。
2000年:代表取締役社長就任
現在にいたる
========================================================

  • twitter SHARE
  • facebook SHARE
  • googlePlus SHARE