COLUMN


「Live! Love! Drive!」

鷹匠裕の「Live! Love! Drive!」

第12話『ホワイト・ライダー』

「はい、セレナの運転手さん、減速して左に寄ってください」
もう何万回言ったか分からない定型句をスピーカーから流し、サイレンと回転灯を派手につけたまま、そのクルマの前に出る。
かわいそうに、追い越しざまにウインドウから見えたセレナの運転者、30代のパパは、青ざめて顔をこわばらせている。路側帯に停止を命じ、窓を開けさせると、向こうにいる奥さんなのだろう、同年配の女性は明らかに怒った顔をして運転者を睨み付けている。本当はこっちを睨みつけたいのだろうが、そんなことをして白バイ警官の心証を悪くしてはいけないと思っているのだろう。
何もわからない後ろの席の子供たちが「わあ、おまわりさんだ。どうしたの?」と騒いでいる。ご不快の念を抑え込んでいる母親に、雷を落とされるのは時間の問題に違いない。楽しいはずの家族ドライブが大渋滞にはまってしまい、ようやくその渋滞を抜けて流れがよくなったところでついついスピードが上がる。それはむしろ自然なことだ。そうしたクルマを拿捕することにチクリと胸が痛んだことも、昔はあった。家族の幸せな時間を台無しにする権利など、自分にあるのだろうか、と。だがそんなときは、いや、あそこで取り締まらなかったら、彼らはスピードの出しすぎで事故を起こしていたかもしれない。家族が失われるもっと悲惨な、文字通り「悲劇のドライブ」になっていたかもしれないのを未然に防止したのだ、と自分に言い聞かせた。
だが、もうそんな必要はない。いまは甘い感情が起こりそうになっても、ひと言で済む。これが自分の仕事なのだから、と。
ずっと取り締まりをやっていると、珍事もある。
晴天の下、なぜかトップを閉じた状態で飛ばしている鮮やかな色の最新型のロードスターがいた。捕まえてみると、ドライバーズシートにいたのは、知らないわけではない女だった。いや正確に言うと、3年前に別れた彼女だった。
向うもこちらに気づいて、しきりに温情を請うような言葉を投げてくる。
「母が入院していて命が危ないんです。急いでいるの。見逃してください」
「いや、どんな理由があってもスピード違反は許されません。あなたが違反を認めれば、すぐに終わりますから」
(君のお母さんは5年前に亡くなっているじゃないか。お葬式にも出たぞ)
「今すぐ行かないと会社が潰れちゃうの」
「そういうことおっしゃる方多いんですけどね。違反は違反です」
(君が経営者だって?どのバイト先もひと月と持たず転々としていたくせに)
 女がこちらの名前を呼んで直截的に懇願できないのは、助手席に、新しい相手と思しき男が座っているからだろう。男は男で、
「こんな見晴らしのいいところで少々スピードが出てたって、何にも悪いことないじゃないか。第一このスピードで走っていたのはこのクルマだけじゃない。捕まえるなら流れているクルマを全部捕まえろよ。じゃないと不合理だ」
などと利いた風なことを言う。そうか、そうやって助け舟を出して、彼女の点数を上げようとしているのか。ではひとつ、ぴしゃりと言ってやるか。
「ええ、気持ちよく走っていただいていいんですよ。制限速度の範囲内でね。お宅さん、そういうことを運転者に普段から言っているんですか?もしそうだとすると、違反の幇助ということにもなりますよ」
 男はフン、という顔をして黙った。別にオレは、別れた彼女の新しい男に嫉妬してそんなことを言っているわけではない。決してそんなことはない。絶対にない。
ところで、ある時テレビを見ていて、思わず笑ってしまったことがある。ITコンサルタントとかいう男が言っていたのだ。
「暴走族を白バイ警官にする、という賢い対策もあり得るんですよ」と。
それは喩え話だった。コンサルタントの男が言った趣旨は、サイバー攻撃をするハッカーを狙われやすい企業や官庁が逆に雇い入れて、セキュリティの担当にすると有効なのだということだった。それだけでなく、企業の中でデジタルデバイドの疎いほうにいるヤツを敢えてIT担当にして育てるのも良い手だ、とその男が雑誌などで吹聴しているのを見た。
オレは喩え話でなく、まさに暴走族から白バイ警官になったのだ。それはほんの小さなことがきっかけだった。
高校からエスカレーターでそのまま大学に入っても、集会に出てチームで縦横無尽・傍若無人に走るのはやめていなかった。ある日、大黒ふ頭に集まったところを狙い撃ちにされ、警察に検挙されたとき、免許証といっしょに持っていた学生証を覗き込んだ警官が言ったのだ。「なんだ、結構いい大学行ってるんじゃないか。大学出なら、警察では出世が早いぞ。警察に入ったらどうだ」
それは、あとで考えると暴走族を一人でも減らそうとしていた警察の涙ぐましい努力が生んだ言辞だった。でも、その話を何となく覚えていて、卒業年次が近づくと深く考えることなく、オレは警察を受験した。交通機動隊の白バイを志願したのは、やっぱり自分のバイクの腕を活かしたかったからだ。それでも白バイの訓練は、ハンパじゃなく厳しかった。
時速100キロから急制動し、スピンすることなくターンしてすぐに急加速、なんていう試練を軒並みクリアしていかなきゃならないのだ。後ろのシートに座って体重移動で、運転者が何もしないうちに車線変更させてやる、なんていう技を自慢気にやっていたオレもさすがにレベルの違いを思い知った。
 暴走族を白バイ警官にするというのはもちろん特殊な例だ。普通は白バイ警官は、二輪愛好者の中でも模範的なライダーがなるほうが圧倒的に多い。それでもそうした特例をつくることで、「社会に害をもたらす者」が警察の思惑通り少なくとも一人減る、という効果がある。それなりに技術を持っているなら、育成も早いし、暴走族の心理をよく知っているなら検挙の実績も上がるだろう。だが最大の効果は、その特殊なサンプルを見て、「オレでも警官になれるんだ」と妙に励まされ、まっとうな道に還る若者が増えることだろう。
そう、そうしてオレはホワイト・ハッカーならぬ、ホワイト・ライダーになったのだ。

「所属と階級を言え」
ごくたまにだが、捕まってそんな科白を居丈高に吐くご仁もいる。そうした輩のほとんどは、警察関係者か、キャリア官僚だ。自分を罰したらオマエの損になるぞ、と脅しているつもりなのだろうが、そんな原始的な手はもはや通用しない。取り締まりには野次馬がすぐ寄ってくる。公衆の面前とも言える状況でおかしなことをやったら、それがYouTubeあたりでバラされることのリスクのほうがはるかに大きい。そうでなくても公務員という足の引っ張り合いの社会に格好のネタを提供するだけだ。言っている本人もわかってはいるのかもしれない。落ち着いたふりを装い、威厳を保とうとしているが、実は狼狽していて視線が左右に泳いでいたりする。それから面白いのは、我々に捕まるような場合に限ってそうなのか、何かに向かって急いでいるから我々に捕まるようなことになるのか、明らかに同僚でも家族でもない異性が隣に乗っていることが多かったりすることだ。

セレナの運転者である善きパパに青切符を切り、「では気をつけて」と解放した。
ふと顔を上げると、国道下り車線の先の空が、夕焼けに染まりつつあった。もう4、5件ほども「狩り」をやったら今日は上がりとしよう。ノルマは十分果たした。隊長も文句は言わないだろう。
明日は休日だ。久しぶりに峠を攻めに行くか。白バイほどのパワーはないが、多少「遊び」の入った乗り方にも俊敏に応じてくれる最近買った新しい「相棒」を駆って。
夕焼けの逆光の中を何かが横切った。赤信号になった瞬間に交差点を突っ切ったタクシー。
それ行け!
オレはサイレンボタンを押して、白い駿馬を急発進させた。
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Posted by

鷹匠裕/作家

作家。コピーライターを経て自動車、旅行関係の短編・コラムのほか長編経済小説を執筆中。
タイトルのLive! Love! Drive!は深く愛するヴィンセント・ギャロの写真集による。

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鷹匠裕/作家

作家。コピーライターを経て自動車、旅行関係の短編・コラムのほか長編経済小説を執筆中。
タイトルのLive! Love! Drive!は深く愛するヴィンセント・ギャロの写真集による。

鷹匠裕の「Live! Love! Drive!」

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